過程としての記号


現象世界に対し、
日本人は記号を先行させる活動の傾向がある。

例として、
古くは枯山水を含む中国文化の日本文化への翻訳の成果や、
新しいものではアニメを構成する世界の要素の獲得。

さらに詳細な例として、
例えば、アニメのデスノートにおけるデスノートや、
空港の構造を行為の可能性のために把握させるピクトグラム。

潜在的あるいは顕在的な記号群の活用の最大の目的は、
自己の重要感の現実化である。

IT化の現代世界において、
全ての物事は精神の働きの反映として
再獲得されていく。

その過程がどのように先行的に獲得されるかは
「記号の振る舞い」による。

人間が用いる世界モデルの要素は、
精神のなかで記号化されている。
それは習慣的に用いられているものもあるし、
潜在的に保持されているものもある。

ある産業における物事が縮小する場合も
拡大する場合も、
人間が用いえる記号の保持と活用において起こる。
その記号群は顕在的な場合も
潜在的な場合もある。

言い換えれば、
新しい価値が経済と産業の発展に用いられる時は、
記号群がいかに再獲得されるかが明瞭である必要がある。

人間は
世界観を構成する記号にもとづき、
現象世界を構成する、
あるいは解析する過程を得る。

それは変化における世界観の共有を意味する。

太古の文化と先進技術の文化が同時に成り立っている日本に、
世界中から訪問者(旅人)が多いのは、
「新しい時代のために活用しえる記号を獲得するため」と
判断することができる。
その判断は実績を通じて得られえるもので、
「世界(像)の先行的な獲得の仕方」をも示す。

「新しい世界への兆し」は上述のように現象している。
記号群あるいは記号の用法には、
自覚されているものも、まだ自覚されていないものもある。

(2015/11/04)



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